2026年1月1日から、これまでの「下請法(下請代金支払遅延等防止法)」は改正され、通称 「取適法(とりてきほう)」 として施行されました。法律名・用語の見直しだけでなく、規制対象の拡大や禁止行為の追加、さらに執行体制の強化まで含む大きな改正です。
とくに中小の受託側(加工・金型・部品・設計・制作・役務提供など)にとっては、これまで「慣行」として飲み込まれてきた取引が、明確に“違反になり得る行為”として整理された点が重要になります。
https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/torihiki/2025/251014_01.pdf
1. 協議を適切に行わない代金額の決定の禁止(価格据え置き取引への対応)
今回の改正の中でも、現場への影響が特に大きいのがこれです。
取適法では、代金に関する協議に応じない、または協議に必要な説明・情報提供をしないまま、発注側が一方的に代金を決める行為が禁止されます。
典型的に問題になる例
- 「以前はこの金額だったので、今回も同じで」と言って、コスト上昇の説明を聞かずに据え置く
- 受託側が材料高騰・工程増・納期短縮の負担を説明しても、「無理」の一言で打ち切る
- “協議した体裁”だけ作り、根拠や内訳を一切聞かずに値段を決める
ここで重要なのは、取適法が見ているのは「値上げを必ず通せるか」ではなく、協議の機会をつぶしていないかという点です。
受託側としては、見積書に「材料費上昇」「工程追加」「短納期対応」などの根拠を書き、メールでも「今回条件として協議をお願いします」と記録を残すのが防御の基本になります。
「以前はこの金額だったので、今回も同じ」は通用しない
取適法で特に注意が必要なのが、
多くの現場で当たり前のように使われてきた次の言葉です。
「前回はこの金額でやってもらいましたよね?」
一見すると合理的に聞こえますが、
取適法の考え方では 非常に危険な発言 になり得ます。
なぜ問題になるのか
取適法では、
取引ごとに、その時点の条件で価格を協議すること が前提です。
しかし、
- 材料費が上がっている
- 人件費が上がっている
- 電気代・輸送費が上がっている
- 加工内容や難易度が変わっている
にもかかわらず、
「以前と同じ金額」を根拠なく押し付けることは、
実質的な協議拒否 と評価される可能性があります。
実務でありがちな違反パターン
「前回と同じ形状ですよね?」
「去年はこの単価でやってもらいましたよね?」
「前例があるので今回もお願いします」
こうした言い回し自体が直ちに違反になるわけではありません。
しかし、受託側が
「今回は材料がかなり上がっていて…」
「工程が増えていまして…」
と説明しているにもかかわらず、
それを取り合わずに 前回価格を前提として話を終わらせる 場合、
取適法上は問題視されます。コスト上昇を「そちらの事情」と切り捨てる行為
取適法では、
コスト上昇を理由とした価格転嫁の協議を拒否する行為も、
明確に問題とされています。
「材料高騰はそちらの経営努力の問題」
「人件費が上がったのは御社の事情」
こうした言葉は、
価格交渉の入り口を塞ぐ行為 と判断されかねません。
重要なのは、
「値上げに応じるかどうか」ではなく、
協議のテーブルにつくかどうか です。
無償対応・無償修正が当たり前になっていないか
製造業の現場では、
「今回だけ」「関係性を考えて」「次につなげるために」
といった理由で、無償対応が行われることが少なくありません。
しかし取適法では、
- 本来有償である作業
- 仕様変更に伴う追加作業
- 発注側の都合による手戻り
を、当然のように無償で求める行為は、
優越的地位の濫用として問題になります。
「無償でやるかどうか」は、
あくまで受託側が自主的に判断するものであり、
発注側が前提として要求すること は許されません。
曖昧な発注・口頭だけのやり取りもリスク
取適法では、
取引条件を明確にしないまま業務を進めることも問題視されます。
- 口頭発注だけで作業開始
- 金額や支払期日が後出し
- 「いつもの感じで」といった曖昧な指示
こうしたやり方は、
受託側に不利益が集中しやすく、
トラブルの温床になるためです。
2. 手形払い等の禁止
取適法では、対象取引において手形払いが禁止されます。さらに、手形に限らず、電子記録債権やファクタリング等であっても、支払期日までに代金満額相当の現金を得ることが困難なものは禁じられる整理です。
実務で注意が必要な例
- 「手形ならOK」「でんさいならOK」と形式だけで判断してしまう
- 受託側が期日までに満額の現金化が難しい条件になっている
- “資金化コスト(割引料等)を受託側が負担”という形で実質的に不利になる
つまり「支払手段の名称」ではなく、受託側が期日までに満額の現金を確保できるかがポイントになります。
3. 運送委託の対象取引への追加(特定運送委託)
改正により、製造・販売等の目的物の引渡しに必要な運送の委託(いわゆる特定運送委託)が、新たに規制対象に追加されました。
これは「物流の現場に残る不公正な慣行」を是正する狙いがあり、荷主と運送事業者の取引でも、一定の場合に保護・規制が及ぶことになります。
イメージしやすい具体例
- 製品・成果物の引渡しに必要な運送を、発注者が運送会社へ委託する取引が対象に入る
- 公取委のリーフレットでは、成果物(例:模型、修理車両など)を引き渡す際に運送を委託するケースが例示されています。
4. 従業員基準の追加(適用基準の追加)
従来の「資本金基準」に加えて、取適法では従業員数による基準が新設され、規制・保護対象が拡大しました。公取委等の説明では、区分として従業員数300人(役務提供委託等は100人)が示されています。
また、公取委は「従業員基準の判断時点」など実務上の留意点も公表しています(常時使用する従業員数を、いつの時点でどう扱うか等)。
何が変わる?
- 「資本金は小さいけど従業員は多い」など、従来は対象外になり得たケースが拾われやすくなる
- いわゆる“下請法逃れ”的な抜け道を塞ぐ狙いがあります。
5. 面的執行の強化
取適法では、公正取引委員会・中小企業庁だけでなく、事業所管省庁(主務大臣)にも指導・助言の権限を付与し、省庁間の相互情報提供に係る規定を整備するなど、執行の“面”を広げる改正が入っています。
ここが実務的に効いてくるポイント
- ある業界・サプライチェーンで問題が広がっている場合に、業界単位で実態把握や指導につながりやすい
- 「特定企業だけ」ではなく、慣行として根付いた問題に対し、より広いルートで是正が進む可能性が高まります
6. 「下請」等の用語の見直し
取適法では、法律名だけでなく、用語も見直されました。
代表例として、「親事業者/下請事業者」といった上下関係を想起させる表現から、対等な取引を前提とした用語へ転換しています。
- 「親事業者」→「委託事業者」
- 「下請事業者」→「中小受託事業者」
- 「下請代金」→(趣旨として)委託に係る代金(資料上の整理)
この変更は単なる言葉遊びではなく、「受託側が声を上げにくい空気」を変え、共存共栄・対等なパートナーとして取引適正化を進めるという狙いが明確に示されています。
| 旧 | 新(取適法) |
|---|
| 下請法 | 中小受託取引適正化法(取適法) |
| 親事業者 | 委託事業者 |
| 下請事業者 | 中小受託事業者 |
| 下請代金 | 製造委託等代金 |
受託側が今日からできる現実的な対応
取適法は、受託側にとって「戦うための法律」というより、協議と記録を当たり前にするための土台です。特に「以前はこの金額だったので今回も同じで」という据え置き圧力に対しては、感情論ではなく、次の2点をセットで徹底すると強いです。
- 見積書に根拠(材料・工程・納期・外注費など)を明記する
- メールで「今回条件として協議をお願いします」と残す
これだけで、取適法の趣旨(協議をつぶさない・一方的に決めない)に沿った、無理のない交渉がしやすくなります。
まとめ:取適法時代に受託側が本当に意識すべきこと
取適法は、「値上げを通しやすくする法律」ではありません。
また、「発注側を罰するための法律」でもありません。
この法律が本当に目指しているのは、
取引を“黙認”や“我慢”の上に成り立たせないことです。
これまでの日本の製造業、とくに中小企業の現場では、
- 多少無理でも引き受ける
- 赤字でも関係性を優先する
- 言いづらいことは飲み込む
こうした姿勢が「誠実」「真面目」と評価されてきました。
しかし取適法は、その美徳が結果的に業界全体を疲弊させてきた
という事実を、正面から見据えています。
「前回と同じだから」は、もはや理由にならない
取適法の考え方に立てば、
「以前はこの金額だったから、今回も同じ」という言い分は、
協議を省略するための理由にはなりません。
取引は毎回、その時点の条件で成立するものです。
材料費、人件費、電気代、外注費、設備償却、為替、納期条件。
どれ一つとして、前回と完全に同じ状況は存在しません。
それにもかかわらず「前回基準」で話を終わらせることは、
受託側に 見えないコストとリスクを押し付ける行為 になります。
受託側が「今回は条件が違います」と伝えることは、
わがままでも、値上げ交渉でもなく、
正当な取引行為そのものです。
我慢し続ける会社ほど、静かに壊れていく
無償対応を重ね、
採算を度外視し、
「今回だけ」「次につながるから」と自分を納得させる。
こうした積み重ねは、
一気に倒産という形では表に出ません。
- 技術者が辞める
- 設備更新ができない
- 品質が落ちる
- 受けられる仕事の幅が狭くなる
そして気づいたときには、
選ばれる側から、切られやすい側になってしまいます。
取適法は、こうした「静かな衰退」を止めるための法律でもあります。
取適法は「戦うための武器」ではない
誤解されがちですが、
取適法は発注側と対立するための武器ではありません。
むしろ、
- きちんと話し合う
- 条件を明確にする
- 無理な前提を置かない
という、健全な取引を続けるための共通ルールです。
受託側が冷静に、丁寧に、
「協議をお願いします」と言える環境を整えるための法律なのです。
言わなかったことは、なかったことになる
実務で最も重要なのは、
思っているだけでは何も守られないという点です。
- 見積に理由を書かない
- 口頭で流してしまう
- メールを送らず作業を始める
こうした行動は、後から
「そんな話は聞いていない」
と言われてしまう余地を残します。
取適法時代の受託側に必要なのは、
主張ではなく 記録 です。
丁寧な見積、確認メール、一言添えた説明文。
それだけで、立場は大きく変わります。
「協議を求める」ことは、取引を壊さない
多くの受託側が恐れているのは、
「条件を言えば取引が切れるのではないか」という不安です。
しかし実際には、
- きちんと説明できる業者
- 根拠を持って話せる業者
- 無理な前提を置かない業者
は、むしろ信頼されやすくなります。
取適法が施行された今、
発注側も「説明を求められる時代」に入っています。
協議を求めることは、
関係を壊す行為ではなく、
関係を続けるための最低条件になりつつあります。
小さな一言が、会社を守る
「一度、今回分としてお話しさせてください」
「条件が変わっていますので、再見積とさせてください」
「追加作業になりますので、ご相談させてください」
これらは、強い言葉ではありません。
しかし、この 小さな一言 があるかどうかで、
- 無償になるか
- 採算が取れるか
- 継続できるか
が大きく変わります。
取適法時代の防衛は、
声を荒げることではなく、
言葉を選ぶことから始まります。
最後に:取適法は「声を上げてよい」という合図
取適法の施行は、
中小の受託事業者に対する明確なメッセージです。
「黙らなくていい」
「話し合っていい」
「条件を確認していい」
この合図をどう受け取るかで、
これからの取引の質は大きく変わります。
受託側が自分の仕事を正当に評価し、
継続できる形で取引を続けること。
それが、結果的に発注側にとっても
最も安定した選択になります。
取適法時代は、
静かに、しかし確実に、自分を守る時代です。

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