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P3とは何か?

1981年、イタリア全土を揺るがしたP2ロッジの名簿公開事件。政界、軍部、財界、メディア、さらにはバチカンにまで秘密裏に張り巡らされたそのネットワークの存在が暴かれたことで、国民は深い政治的不信とともに“見えない権力”の恐ろしさを思い知らされることとなった。
そして時は流れ、2000年代に入ると、新たな「影のネットワーク」が報道の中心に現れ始める。その名は「P3ロッジ」。ただし、これはP2のように公式に認定された秘密結社ではなく、あくまで報道界や検察が用いた通称であり、実体はさらに見えづらく、かつ制度の隙間を巧妙についていた。
本記事では、P3ロッジの起源、目的、関係者、政治的影響、そして背後に控える旧王族や宗教勢力との深いつながりを、歴史的背景と現代の視点を交えて探っていく。
1. P3ロッジの成立背景と構造
1990年代のタンジェントポリ(賄賂都市)とマニ・プルーリテ作戦(Clean Hands作戦)によって、イタリアの既存政党は次々と失脚し、第一次共和国は事実上崩壊した。その後に訪れた政治的空白期の中で、新たな権力の構築が模索されるようになる。
この空白を埋めるようにして浮かび上がってきたのが、「P3」と称される非公式ネットワークである。P2のような明確な組織構造や会員名簿は存在せず、P3はむしろ“共通の目的と利益によって繋がった利害共同体”として機能した。
その構成は多様で、政界、法曹界、経済界、宗教界、王族までが緩やかに結びつき、それぞれの分野において互恵的な影響力を及ぼしていたとされる。会合は物理的なロッジではなく、高級レストランや財団の非公開会議、国際カンファレンスなどで開かれ、議事録や名簿が存在しないことから、捜査が極めて困難だった。
2. 政財界への浸透と関与人物
P3に関与したとされる人物には、具体的な報道と検察の調査によってその一部が浮かび上がっている。
たとえば、デニス・ヴェルディーニは保守系政党「自由の人民(PdL)」の有力者であり、公共事業や裁判所人事への影響力を持っていたとされる。彼はP3とされるネットワークの“調整役”として報道され、多数の政治家や企業経営者と接触していた痕跡がある。
また、建設業界の重鎮マッソニ・カルロも関与が疑われており、国家インフラ案件の入札に対する非公式なロビー活動が行われていたという指摘があった。さらに、判事・検察官の任命に関しても、政治的に有利な人物を送り込むための働きかけがなされたと報道された。
これらの人物はいずれも公式には裁かれていないが、当時の報道や告発によって、P3の存在を裏付ける重要な手がかりとされている。
3. 裁判所・公共事業・宗教界との結びつき
P3ロッジの恐るべき点は、彼らの活動が国家制度の中核部分、すなわち「司法」と「宗教」と「経済」を結びつけていたことにある。
判事任命への関与は特に問題視された。イタリアの司法審議会(CSM)に対して、政治的思惑に沿った人事を行うよう圧力がかけられていたとされ、実際に政権寄りの判事が要職に就いた事例も報じられた。
また、ENEL(国営電力公社)やANAS(道路公社)といった巨大インフラ機関の公共入札にも、裏取引が存在したとされる。高額な事業費が“手数料”として流れ、その一部が政界へ還流する構図が一部で疑われている。
さらに見逃せないのが、バチカンとの関係だ。バチカン内部の保守派と繋がる人物が、P3ネットワークを介して世俗政治に影響力を行使していたとされ、宗教的権威を“政治資本”として使う構造が暗黙のうちに確立されていた可能性がある。
4. サヴォイア家との関係:王族と秘密ネットワーク
かつてイタリアを統治していた王家・サヴォイア家は、第二次世界大戦後に王政が廃止されたものの、現代でもその末裔たちは“文化的・象徴的な存在”として一定の影響力を保持している。
2010年頃、エマヌエーレ・フィリベルト・ディ・サヴォイア王子はテレビ出演や芸能活動を通じてメディアに登場し、「歌って踊れる王子」として国民の注目を集めた。しかしその背後では、王室復権を求める運動や保守系団体との接点も取り沙汰され、P3のネットワークと間接的に接触していたのではないかとの疑念も浮上した。
また、彼の活動資金の出所が一部宗教財団や政治系財団と結びついていることから、影のネットワークが王室の“ブランド力”を利用して保守層への影響力を拡大しようとした可能性がある。
5. オルシーニ家と複合的支配構造(ベネチア貴族との連関)
オルシーニ家は中世から続くイタリア貴族の名門であり、複数の教皇を輩出した歴史を持つカトリック貴族である。現代においても、財団や人道団体、外交機関を通じて静かにその影響力を維持している。
特に注目すべきは、彼らが持つ“非公式外交ルート”である。欧州諸国やバチカンとの関係において、名目上は民間の財団として機能しながら、裏では重要なメッセージや調整を行う役割を果たしていたとされる。
また、ベネチアの歴史的貴族階級──たとえばコルナーロ家(Cornaro)、モチェニーゴ家(Mocenigo)、グリマーニ家(Grimani)、コンタリーニ家(Contarini)といった家系も、カトリックと密接な関係を維持しつつ、現在では文化財団や経済フォーラムなどを通じて国際的な影響力を行使している。
こうした一族は、政治的には表に出ることは少ないが、バチカンやローマ政界の“影のスポンサー”として、資金と人的ネットワークを提供しているとされる。P3ロッジの構造においては、これらの歴史的貴族が持つ“目に見えぬ権威”が制度的隙間に浸透する要因となり、政治・宗教・経済の三者を繋ぐハブとして機能していたのではないかという分析もある。
さらにダンドロ家(Dandolo)、ピサーニ家(Pisani)、ルレドン家(Loredan)といった貴族家系も、現在では一部の国際シンクタンクや慈善団体の背後にその名を見かけることがあり、影響のネットワークは欧州全域に広がっている。
近年では、これらの家系の末裔が欧州委員会の顧問やNGO指導者、国際経済団体の理事などに名を連ねる事例が報告されており、その影響力は決して過去のものではない。
6. 情報技術時代の“影のロッジ”の特徴
21世紀に入り、影のネットワークもデジタル時代に適応を始めている。P3のような実体のない組織は、今や以下のような情報技術を駆使して存在を維持している:
- 暗号化されたチャットアプリ(Telegram、Signalなど)による会合連携
- クラウドストレージによる資料・証拠の非物理管理
- VPNと匿名名義企業を利用した国際的資金移動と洗浄
- インフルエンサーやマスメディアを通じた世論誘導
このように、もはや彼らは“建物を持たないロッジ”ではなく、“ネットワークという名の幽霊”として現代社会に浸透している。
続編予告:P3の先へ──バチカン銀行とグローバル金融に潜む“見えざる支配”の構造
次回は、P3ロッジの影響をより広いスケールで追跡する。舞台はイタリアを越え、バチカン銀行(IOR)を中核とした国際金融の闇、そしてクラブ・ローマやグローバル財団ネットワークとの結節点へ。オルシーニ家やベネチア貴族が織り成す国際的な支配構造の背後にある、もうひとつの地図を描き出していく。
続編
